「地方創生」を考える

この2年間、地方の生産人口の減少をどう食い止めるべきかと考えてきた。

最近になって政府でも「地方創生」を重要テーマとして打ち出してきた。

でもこれは「少子高齢化が進むと都市部が地方を財政で負担することは出来ないから

地方を元気にしないと」という側面がにおい立つ。

「消滅可能性都市」という言葉が世間に衝撃を与えている。

でも果たしてこれは地方だけの問題なのだろうか?

社会の抱える問題は「人口」だけではない。

 

現在の社会構造で劇的に「世紀末」を創造させるイベントが起こるとすれば

「ファイナル・石油ショック」ではないだろうか?

現在の社会は製造・流通・消費において石油への依存度が高く締めている。

これがある日どこかの産油国の油田が枯渇したというニュースが流れたとしたら

社会はどうなるだろか?

各国の石油の調達能力は一気に弱まるだろう。

自分は決して原発推進派ではない。どちらかというと止めておいた方がいいんじゃ

と思っている方だ。

今日、大船渡から東京に戻ってくる中でずっとそうなったらどんな状況になるのか

と考えていた。製造・流通が動かなくなった時にどうなるんだ。。。

衣食住で考えてみた。

まずは食

農作物を作るという行為は、ノウハウがあり収穫したものから次の種の確保が出来れば作れる。

魚は海が近ければ捕れる。養殖のノウハウは貴重。燃料が要らない帆船が欲しいか。

肉は畜産・養鶏のノウハウを持っていればエサは農作物なので循環出来る。

塩は海が近くて作り方のノウハウがあれば作れるか。

次に住

木を育て製材して家を建てるノウハウがあれば建てたり修繕できる。

最後に衣

木綿、絹など昔ながらのノウハウがあればできるな。

 

これを「石油枯渇後の地域地産力」という評価で市区町村別にランキングをしたらどうなるんだろう。

結局ノウハウを持っている人の存在と、自然環境に依存することになる。

東京は間違いなく最下位になるんだろう。

逆に大船渡は?

農作物・・・結構自分の家で食べるための畑持ってる人が多い。

魚・・・国内有数の漁場がすぐ側、わかめ、ホタテ、カキの養殖。アワビの陸上養殖

    してる人さえいる。

肉・・・アマタケの南部鶏、隣の住田町のアリスポーク

家・・・気仙大工という国内有数の技術(家・船)

衣・・・遠野では昔養蚕が盛んだった(おしらさま)

んんん。。。かなり条件揃っているぞ。

 

これにプラスして「環境」を考えなければいけない。石油がないのだ。

北海道だと寒さ、豪雪地帯は雪、東京などは暑さ

大船渡は「岩手の湘南」と言われ雪が降るのは年1回位。温暖化が進めばそれも減る。

 

大船渡が上位ランキングになる。その時になったら東京の土地に資産価値はゼロになる。第二次世界大戦後の闇市状態だ。

 

「人口問題」「少子高齢化」に加えて「ファイナル石油ショック」という社会課題も見据えた地方創生を考えるなら「地方の立て直し」ではなく田中内閣にような「第二次日本列島改造論」で取り組まなければいけないのではないだろうか?

 

帰りの新幹線の中でそんなことを考えた。

 

 

忘備録 被災地の建設業の悩み

今週、岩手県建設業協会大船渡支部の支部長とディスカッションをして色々考えさせられたので忘備録

 

現在、復興需要によって深刻な人手不足。技術者が足りていない。

でもこの需要はあと3年から5年のバブル。

ここで正規雇用しても一人前になるときには需要は一気に落ち込んで経営を圧迫する

3500万円以上の工事をやる場合には1級施工管理者が義務付けられている。自分たちの所には2級はいるが、中々沿岸部で1級を取得するには内陸まで通う本人の強い意識が無いと難しい。業界としては何とか2級でも経験年数が10年以上ならOKとかにしてほしいと県や国交省に働きかけているが中々実現できない。結果工事を受注できず復興の遅れにもつながっている。

建設や土木は「経験工学」だ。どれだけの現場を経験したかで能力が大きく違い、どんなに資格をもっていても経験がなければ役に立たない。

 

積極的な人の確保・受注活動に踏み込めない現実的な話だと思った。

 

聞いていて市場の目線が岩手県内にまだあるというのが一つのポイントではないかと感じた。

おっしゃる通り建設や土木は「経験工学」だと自分も思う。

この被災地で現在災害復旧、復興の経験を積んだ技術者ばかりが溢れている。

先日の広島の土砂災害を見ても気候が変わった日本の災害土木・建設は今後高い需要を生むことが想定される。

であるならば、現在検討を進めているスマートキャリアカレッジの仕組みを確立させて何とかこの三陸の経験技術者達に1級施工管理者の有資格者に育て、国内外の災害発生の際に派遣するビジネススキームまで確立させたい。

それは気仙の建設・土木にとって貴重なビジネス戦略ではないかと思っている。

福山の日記(9/8〜9/19)

ずっと書けなかったので久しぶりに日記書きます。

9/8(月)東京

NTTPCでお仕事

夕方HEASNETの企画委員会

新たなオンデマンドVPN、機関認証について議論

医療機関の経営統合の激しさに機関認証をどのようにすべきなのかとリアルな議論に

 

9/9(火)大船渡

午前中移動、午後打ち合わせ相手が緊急入院したため資料作成

夜、盛駅で新沼謙治さんがNHKのなま収録をするとのことで動員され、エンディングで新沼さんの後ろで手を振る。

その後ホームページ作成

 

9/10(水)大船渡

午前中、日野自動車に広告営業

午後、市役所防災管理室と打ち合わせ、入院したNPO職員をお見舞い

夜仮設支援員を統括していた新田さんの送別会

 

9/11(木)大船渡

市内調整、夜知人と海山でノンアルコールを呑みながら23時近くまでミーティング

 

9/12(金)大船渡→東京

新幹線で資料作りに没頭

東京で外部と打ち合わせ

夕方家に帰り、知り合いのあばちゃん家に来る途中の産直で買った野菜を届ける。

深夜に翌朝の釣りのため出発するため早く寝ようとするがアドレナリンが出て眠れず、結局そのまま12時に出発。途中横浜の同僚のマンションに迎えに行って電話をしても出ず、部屋をピンポンしても出ない。1:30にようやく電話がつながると、なんと本人まだ家に帰っていなくて酔っ払って終電まで行ってしまったらしい。しょうがないので終電の駅まで迎えに行き、マンションに戻って準備をしたため予定より1時間以上遅れで出発。釣り場の伊豆の網代に着いてから車で仮眠。

 

9/13(土)伊豆・網代

手漕ぎボートで朝6時出港、午後3時まで釣りを楽しむ。

本命の真鯛は釣れず、糸より鯛を17枚位つった。

後かたずけ、食事で17時に出発。

途中渋滞し、横浜の同僚を送り家に着いたのは21:30

それから後片付け、釣った魚の処理・調理(今回は煮魚に)

前日ほとんど寝ていなかったのでバテバテ

 

9/14(日)東京

次男北斗の武蔵大学の対抗戦緒戦:対学習院戦を応援。1トライ差で敗れる。

 

9/15(月祝)東京

北斗の母校保善高校の予選2回戦。墨田高校戦を応援に八王子に。

実力差で大勝。3回戦は優勝候補の東京高校。

 

9/16(火)東京→大船渡

岩手県建設業組合大船渡支部で打ち合わせ

市役所防災管理室で打ち合わせ。駐車場で戸田市長から声をかけられ挨拶。

副市長室の前を通ったら角田副市長が見えたので久しぶりの挨拶。

つむぎプロジェクトで提供している無線LANの不具合解消

夜、リサーチのため大船渡に開店した大船渡温泉ホテルに宿泊

外観はホテルだが、ソフト面は海楽荘とまったく同様でおかしかった。

部屋で早朝までWordpressをいじくって研究。

 

9/17(水)大船渡

打ち合わせ

岩手県建設業組合大船渡支部長とSCCに関する打ち合わせ

防災管理室と防災協定に関する打ち合わせ

夜総研準備委員会

その後ヒロシの会

 

9/18(木)大船渡→東京

午前中、総研の上関さんと打ち合わせ

NPOでシステム障害系の対応状況の報告うける

商工会議所の新沼事務局長と打ち合わせ

東京へ移動

東京で打ち合わせ1本して帰宅。家に誰もいない。

嫁は上野のバーゲンに行っていたらしい。

 

9/19(金)東京

年休消化で家で作業

歯医者、Wordpress関連の本を買いに新宿へ

 

福山の日記(7/28-8/3)

7/28(月)東京 NTTPCでお仕事

        午後IT協会のファストクラウド研究会に参加。大変勉強になる。

        夜 伊藤部長の送別会

 

7/29(火)東京 NTTPCお仕事

        石毛氏と打ち合わせ

 

7/30(水)東京-大船渡

        総研関連打ち合わせ

        リアスノート打ち合わせ

        夜道中踊り練習

        西日本企業のテレワーク意向調査仕様書作成

        ホームページ引っ越し作業

        明るくなり就寝

 

7/31(木)大船渡

        午前中、資料作成

        午後、大船渡東高校、住田高校に調査結果報告

        夜 総研準備委員会

        終了後ヒロシの会。色んな事を議論して楽しかった。

        深夜、クラウドサービス・アグリゲータについて勉強

        おはなしころりんの「岩手のおはなしシール」の企画書作成

        明るくなり就寝

 

8/1(金)大船渡

        午前、資料作成

        明治大学つむぎプロジェクト部隊第一陣が到着

        昼、寿限無亭で流しそうめんをごちそうになる

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        気仙沼部隊がBRTに乗り遅れ気仙沼まで送る

        明和土木で打ち合わせ

        橋爪商事のご厚意で大学生に道中踊りを教えていただく

 

8/2(土)大船渡

       午前中ホームページ引っ越し作業

       午後、第2陣できた大学生に道中踊りを土井まさる気分で教える

       「椿が咲いて、つばめが飛んで、咲いて、散って、また咲いて」

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 若いからすぐおぼえてしまう

16:30集合

17:00 いよいよ道中おどり本番。パーソナリティ、スタッフ、ボランティアDJ、明治大学つむぎプロジェクトで38人の大部隊で臨む。

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結局ずっと旗を持っていたので、踊ることはなかったがとっても盛り上がった。

FMねまらいんの認知度アップに貢献できたと思うし、メンバーの結束を強めることにもつながったと思います。祭りはやっぱりいいね。

終了後、明治大学の学生につむぎルームでごちそう。大和田夫妻も合流しにぎやかに。

とそこで足に痛みが。。。

T風発症。。。親指の付け根がどんどん腫れていく。。。

 

8/3(日)

大和田先生と新花巻へ阪井教授ファミリーと明大3年生の鳥居君を迎えに。途中遠野でジンギスカンで昼食。

大船渡で鳥居君と今野さんを引き合わせてミーティング。

ただものじゃない大学生。

地域のきずなの見直しポイントをあっという間に理解。その夜には見直し仕様の検討を始める。。。こんなスーパー大学生いるんだな。。。サイバー法もよく勉強していてプログラムもバリバリ書いて、コミュニケーションも出来て、旺盛な提案意欲を持っている。

夜遅くまで色んなディスカッションをする。

 

 

 

 

 

福山の日記(7/21-7/27)

7/21(月)祝日 嫁は仕事へ

  何やら色々仕事を頼まれる。掃除、洗濯、それから仕事して

  夕食を作った。

  暑さに負けないように沖縄シリーズ
   ☆ふー&そーみんチャンプルー
   ☆ポークたまご
   ☆もずく酢
   ☆さかなのかんぼことなめこのアオサーベースのお吸い物

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7/22(火)大船渡へ移動

     NPOのシステム運用関連で力央さんとミーティング

     ワークシェアリングを構想

     夕方今野さんとミーティング

     夜、NPOのホームページの引っ越しのための準備。

     まずははてなPROで作ってみることにした。

     気づくと5時。慌てて寝る。

 

7/23(水)午前中、高田高校、大船渡高校を周って調査結果報告と今後について意見交換。午後、水沢江刺までCastaliaの山脇社長を迎えにいく。大船渡に戻り夕食。屋台村の佐々木でマンボーの小腸などを堪能。もっと語り合いたかったが前夜の無理がたたり早々寝る。

 

7/24(木)午前中大船渡市内を案内。今出山は雲がかかっていて下が見れなかった。すごい蜂。。。午後、山脇社長を送りがてら遠野を通ってジンギスカンを食べ、カッパ淵でカッパ釣り。新花巻駅まで送り大船渡に戻る。

夜、one cake size feathersの特集をつむぎで宅録し編集。それから資料作り。気付くと5時。最近明るくなってから寝る癖が。。。

 

7/25(金)

午前中28日に行われるガス保安協会の理事会向け説明資料を力央さんとレビュー

ガス、電気、交通機関、電話などの民間サービス間での災害時の連携スキームの大事な第一歩。力央さんに頑張って説明してもらいたい!!

午後東京へ移動

新橋駅前で最終日の宝くじを買う。購入後に売り場を撮ったら何故か自分に光の矢が刺さっている。。。何かの予感。。。

夕方 NTTPC大同窓会 40名参加

色々なミスをしながらの開催。でも参加者は楽しそうだったので良しとさせてもらおう。来年は30周年なのでもっとちゃんとやらないと。

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二次会のカラオケで隣の席に座った元上司のナベシンの桃色クローバーゼットを何度も聴かされHPを奪われる。。。

 

7/26(土)

午前中は仕事の嫁を車で送り歯医者。メチャこんでた。。。

夕食の手巻き寿司用の刺身を魚屋で調達。。。目利き勝負。。。

新井薬師の歯医者の隣の魚屋は小さいがいいものが置いてある。

長女のなっちゃんが唯一おろせるいわしも丸々太っていた。

午後、長男の会社のそばにある文明堂の工場がアウトレットをやっているとのことで片道1時間以上かけて買いにいく。

27日が次男北斗の19歳の誕生日のため夜は誕生パーティー

夕食は手巻き寿司、小エビとホタテのガーリックソテー、チーズとささみの燻製オードブル、いわしの塩焼きなどを用意。長男も来て久しぶりに家族全員で宴会。

 

7/27(日)

午前中から鶴ヶ島にある「ふるさとの湯」へ北斗以外の4人で。

https://plus.google.com/110916144736149162803/about?gl=jp&hl=ja

2時間位じっくり入る。カンカン照りだったのが次第に暗雲。豪雨となる。

その頃には1階の食堂で「いか天丼」を食べる。600円でボリューム満点。

超美味。最初ラーメンを食べてた長男陽平も追加で頼むほど。

大広間で昼寝し雨が弱まった所で長男のアパートがある玉川上水へ送ってから帰宅

夕食は、前日残ったいわしの塩焼きの身をほぐしナスやキノコと一緒ににんにくたっぷりのオリーブオイルで炒め和風パスタにアレンジ。ちょっと胡椒がきつかったが美味しかった。

夜資料を作っていたら、温泉で血行が良くなっていたのか寝落ちしていた。。。

 

福山の日記(7/14〜7/20)

最近夏バテか体がしんどい。。。

太って重いだけか。。。

 

7/14(月)東京 NTTPCでお仕事

 

7/15(火)東京→大船渡 午後酔仙で広告関連打ち合わせ、夕方防災管理室佐々木さんと防災協定に向けた作業について確認

 

7/16(水)大船渡 つむぎで資料作成、久しぶりに佐藤健さん、出羽さんと打ち合わせ、夕方総研の準備会議。終了後気仙ライナーで東京へ向かう。

 サンリア前で乗ったら釜石から乗ってきた女の子が気持ちよさそうに後ろの席で寝ていたので席を倒さずにそのまま乗った。

 

7/17(木)東京

すると池袋で降りるときいわざわざ近寄ってきて「倒せなかったですよね。すみませんでした」とお詫びをしに来てくれた。それだけで何かとてもさわやかな気分になり、池袋から気持ちよく家に帰る。帰って嫁にそのことを伝えると「そうなんだよね。言葉って大事だよね。あんたも気をつけな!」と言われテンションを下げる。

会社に行って朝一番でセキュリティ研修。元上司の内田氏となぜかペアに。。。

ワークシートの議論がまったくされず、横浜にへーベルハウスで建てた家の話をずっと聴くことに。。。

午後からはたまりにたまった決裁モードに。。。

大船渡営業所閉鎖に伴う岩手県大船渡市への提出書類決裁。

JAHIS、HEASNET、防災・市民メディアの年会費の継続決裁。

ねまらいんの時報広告決裁。

まずはこれの事前説明に社内を駆け回る。その後ひたすらシステム入力。

総務部長に名刺何個持ってるんですか?と聴かれる。。。で

合間で「NTTPC大同窓会」の調整作業

夜、電池が切れたように寝る。50過ぎの体には気仙ライナーはもうきついのか。。。

 

7/18(金)東京 NTTPCでお仕事

芝パークホテルの犬塚氏と「NTTPC大同窓会」の会場打ち合わせ 

45名位になりそう。NTTPC着任時の上司、伊藤彰敏氏と浅野彰氏の参加が楽しみ。

着任3日目から徹夜地獄を体験させてくれたドSな上司達だった(笑)

昼は石毛氏、しばっちとランチミーティング。プラットフォームの仕様についてディスカッション。

午後、部内の後輩からNTTPCにおける新技術に関する商品化や投資の進め方についてアドバイスを求められディスカッション。ネットワーク屋さんは「お金がもらえるトラヒック増」はウェルカムであるが「ただ乗りされるトラヒック増」は好まないというごく当たり前なんだけどディープな話をする。

夜、まだ気仙ライナー疲れが抜けず帰宅しWii桃鉄のサイコロがずっところがってる音を聞きながら落ちる。

 

7/19(土)東京

嫁の「大変だ。昼だ」の声で起きる。夫婦で12時まで寝てしまった。

そこからいつもの肉屋まで買出しに。板橋なんだがめちゃくちゃ安い。とりもも肉も豚ロースも大体100g68円位。 嫁に頼み込んで牛ステーキ肉を買ってもらう。

娘と隣にあるコンビニでスパイラルグレープというジュースを買う。キャップの上についている広告のコピーが「テンションちょい上げ」と書いてるコピーが気にいって、娘に「これでテンションあげちゃう!」といってレジで店員に渡したら、その広告キャップはポトンと下に落ちてしまった。。。

「あっ。。。テンションが・・・」とつぶやく僕の横で娘は爆笑。

するとフィリピン人ぽい店員が「失礼しました。でも大丈夫ですよ。きっといいことありますよ。」と根拠のない予言を。

「そなたは巫女か」と涙目でささやく僕の横で娘は腹を抱えて爆笑していた。

午後、玉川上水に住む長男のアパートに嫁が作った惣菜を運ぶ。いつまでたっても面倒みたいらしい。長男は仕事で留守。嫁が冷蔵庫の片づけや掃除をしている間、僕は疲れて寝て待つ。

夕食はステーキを焼いてあげたら子供らは絶賛していた。柔らかくて美味かった。

夜書類作り。

 

7/20(日)

朝8時起床、次男北斗の高校のラグビー部時代の後輩の保護者の家でバーベキューをするとのことで八王子へ出発。家の庭が広くて15人くらいでバーベキュー。11時からバーベキューをひたすら焼く。知り合いの肉屋で用意してもらったらしくどれも超美味。日本酒をビールみたいにつがれて大いびきで撃沈。

帰りは嫁に運転してもらう。

家で一眠りしてから夕食準備。チャーハンととろろそばを作る。

夜、家の仕事を押し付けあっている長女と次男にお説教。

誰かのために仕事をした方が成長できるのに。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「就業支援」と「人財育成」

先週の大船渡でのある会議の中で「生活困窮者自立支援法のめざすもの」という厚生労働省の方の資料を共有していただいた。

 

資料の冒頭のグラフが衝撃的

生活保護者受給者数が第二次世界大戦直後の昭和26年に2,046,646人だったのをピークに減少を続け平成7年に882,229人まで減少。そこから上昇傾向になり平成26年3月時点で2,171,139人まで上昇している。制度基準の変更、社会的な価値観の変化、雇用形態の変化などの違いはあるかもしれないが多くの働き手を戦争で失い、日本中が焼野原になった大戦直後よりも生活保護者の数を上回っている現実。

 

支援策として

・自治体とハローワークが一体となった就労支援(平成17年度〜)

・自治体独自の多様な就労支援

・居住の確保

・貸付・家計相談

・子供・若者への学習支援、養育支援、居場所作り、就労支援

指摘されている課題

・一部の自治体のみで実施

・各分野をバラバラに実施

・早期に支援につなぐ仕組みが欠如

 

なるほど、でもこれって要は国の経営者として、「社会保障費の増大」は何としても抑えなければいけないから、「税金を納めないで費用だけがかかる存在」を何とかして少しでも埋めなければいけないという対処療法的な視点が根底にあるように感じる。確かにそういう部分もあるんだけどその視点だとこの問題は解決しないように思える。事実対策をうった後の方が受給者数は伸びている。

 

思い返すと、2011年4月に東日本大震災被災地を回った時、泥まみれになりながらがれきの撤去を必死になってやっている住民やボランティアの存在とともに日常的に目立ったのは「超満車のパチンコ屋の駐車場」だった。義援金が銀の玉に変わって消えていく。

 

陸前高田市の市議は「避難所から一日も早く仮設住宅へ移ることの必要性を唱える中で一日でも早く限られたお金で自分で選んで買い物をする生活に戻さなければ、この先この町は生活保護者だらけになってしまう」と危惧していた。

仮設住宅を周っているときに、「岩手県の最低給与水準と失業手当の水準は1万〜2万円位しか違わない。毎日せくせく働いてそれ位しか違わないんだったら働かないで遊んでる方がいいよね」と言われ愕然としたことがある。

 

大企業病」という言葉も実はこれに当てはまる。「うちの会社は絶対につぶれることはない」という先入観は仕事のアクティビティを奪う。新たな挑戦より保守的な選択をしがちになる。「会社は自分を守ってくれる」と思い込んでいる。

その結果大企業は正規社員を減らし非正規社員を増やす流れに繋がった。

 

一方で中小の事業者は日々の生活の中で資金繰りに追われ必死に生きている。アクティビティも寝食を忘れて行われている。それは「危機感」があるから。「危機感」がアクティビティへとつながっている。

 

昨年末に気仙の4つの高校で行った進路意向調査で本人と保護者の共通の就職先を選ぶポイントの1位は「やりたいことがやれる」だった。ワークスタイルが多様化した現在その意向がクラウドワーキングやフリーター、悪くすると引きこもりへとつながっている。やりたい仕事がないから地方から都市部へ若者は流出している。

 

「就業支援」の視点は福祉的な視座から来ているのでとにかくどこかの職場に押し込むこと。ところが当の本人たちは「やりたいことをやりたい」人達なので当然ミスマッチが起きる。大船渡市の有効求人倍率が2倍を超えたのは復興バブルで景気がいいからではない。水産加工などの求人に対して人、事務職を求める求職のミスマッチが起きているに過ぎない。

 

「危機感」と「自己実現

大事なのはみんなが危機感を共有して「やりたいことをやりたい」という人たちをどのようにして「人財」に育成するかという視座だと思う。それに合わせた業務開発、業務誘致、差別化戦略を練っていかなければいけないのではないだろうか。

疲弊している地方が若者をただただ都会に出して、結果ワーキングプアにしてしまい、「生活困窮者」の道へすすめ、自らの地域も疲弊し「消滅可能性地域」と名指される流れを止めるには地域が一体となってそれに取り組むべきと考える。

 

後藤新平先生の

よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ

の言葉が重く響く。